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転校初日というのは、誰でも緊張するものだろうけれど。
和希の場合は、ちょっと事情が違っていて、緊張と不安で校長の話もろくに聞いていなかった。
清稜学院という私立中学はこの辺りでは有名な男子校で、優秀な生徒が揃っていた。
受験して入るのも難しいのだが、編入となると、特に大変だ。
それも、中学三年の秋という、中途半端な時期に。
よほどの事情があったのだろうと、察することができる。
和希は緊張した面持ちで、校長室の椅子に腰掛けていた。
和希の父の友人であるという理事長が、二人の学生時代のエピソードを語っていたけれども、過去の中の彼は和希の知っている父とはだいぶかけ離れているようで、とても実話とは感じられなかった。
ドアをノックする音が聞こえ、「失礼します」と誰かが入ってきた。
振り返りたくても、目の前にいる理事長の武勇伝がクライマックスに差し掛かっており、和希はあいまいにうなずきながら、耳だけそちらに向けていた。
どうやら、ここの生徒のようだ。
「そろそろいいですか?理事長。」
理事長の話が途切れたときに、すかさず校長が割って入ってきた。
「九条くん、紹介するよ。中等部生徒会長の、日下守くんだ。」
そう言われて、振り返る。
和希より背の高い、少し大人びた顔つきの少年がそこに立っていた。
すっきりとした目鼻立ちにまじめそうな黒髪。
生徒会長っていうくらいだから、きっと頭がいいんだろうなあ・・・などと、ぼんやり考えながら、和希は彼の顔を眺めていた。
彼のほうも、少し驚いたような顔で、じっと和希を見下ろしている。
あ、いけない。
あまり凝視しちゃうと失礼だよね。
和希は慌てて立ち上がり、自己紹介をした。
「九条和希です。よろしくお願いします。」
生徒会長と紹介された男子生徒は、ゆっくりと右手を差し出しながら言った。
「日下守です、よろしく。」
差し出された手を握り返すと、和希の顔にふっと笑いがこみ上げてきた。
大丈夫、今までだってちゃんとやってこれたんだ、これからだって・・・。
和希はその手のぬくもりになぜか安堵感を覚え、彼の目を見たまま笑っている自分に気づいた。
「校舎や設備などの説明は彼に聞くといい。日下くんも寮生だから、その辺も。」
校長は和希を日下に押し付けるようにして、校長室から退室させた。
教室までの道すがら、校内の説明をされた。
途中、和希の顔を覗き込むようにして、日下が言った。
「それから・・・、寮のことは、帰りながら説明するね。」
「はい」
「何か質問はある?」
和希は首を捻りながら答えた。
「質問できるほど、理解できてないみたいです。」
和希がそう答えると、日下はにっこりと笑って言った。
「ええと・・・九条くん、でいいんだよね。」
「はい。」
「俺は守でいいよ。同級生なんだし。」
「そうなんだ、分かりました。じゃあ僕のことは、和希、とでも。」
「そう呼ばせてもらうよ。」
守はまた笑った。
教室に足を踏み入れた瞬間、視線が和希に集まるのを感じた。
教室内が一瞬静かになったが、しだいにあちこちから感嘆の声が上がってきた。
和希は担任による紹介のあと、簡単に自己紹介をした。
「九条和希です。京都から来ました。この辺のことはまったく知らないので、よろしくお願いします。」
担任に促されて、指示された席に向かう。
一番後ろの席までが長く感じられたが、和希は席に座るとほっとして、安堵のため息をこぼした。